南関そうめん職人の道
~伝統と経験が紡ぐ一本の麺~

公開日:2026年10月1日

こんにちは。よかもーるスタッフの和田です。

昨年2025年のよかもーるで夏のナンバー1大ヒット商品と言えば「南関(なんかん)そうめん」‼

販売開始当初から凄い勢いで注文が殺到し、有名テレビ番組に取り上げられる逸品です。

南関町出身の文豪・北原白秋も南関そうめんをこよなく愛したとされ、白秋の歌集『夢殿』には、そうめんを白糸のように干す美しい光景を詩に詠んでいます。

「掛けなめて 玉名乙女が こきのばす 翁そうめんは 長き白糸」

(少女たちが器用に引き延ばしていくそうめんは、まるで長く白い糸のようだ、という情景)

今回は、この伝統の「南関そうめん」を引き継ぐ猿渡製麺所・金坂俊祐(かなさか しゅんすけ)さんにインタビューさせていただきました。

そもそも「南関そうめん」とは?他と何が違うの?

そうめんといえば全国に有名な産地がありますが、「南関そうめんって何?」という方もいらっしゃるかもしれません。

まずはその驚くべき特徴と歴史をご紹介します。

機械を一切使わない完全手作業

南関そうめんは、熊本県玉名郡南関町で江戸時代から300年以上受け継がれている伝統の手延べそうめん。

最大の魅力は、機械を一切使わない完全手作業が生み出す「非常に強いコシ」と「のど越しの良さ」です。

一般的なそうめんは茹でて時間が経つとフニャフニャになってしまいますが、南関そうめんはしっかりと弾力が残り、なんと「翌日になっても美味しく食べられる」と言われるほど。

さらに、麺を丸く束ねて曲げて乾燥させる独特の美しい佇まいも特徴です。

かつては100軒以上あった一大産地が、なぜいま「幻」に?

江戸時代には肥後藩主・細川家の献上品とされ、参勤交代の土産物としても重宝されたことから、南関町は100軒以上の製麺所がひしめく一大産地として栄えました。

しかし、南関そうめん作りは気の遠くなるような手間と体力を要する超重労働。

機械化による大量生産の波に押され、後継者不足も重なった結果、現在も伝統を守り続けている職人はわずか数軒のみとなってしまいました。

経験が活きる職人の道へ

絶滅の危機にある伝統を受け継ぐ金坂俊祐さんのキャリア初期は、そうめんとは異なるジャンルからのスタートでした。

若いころの金坂さんは食の道を志し、福岡の飲食店からキャリアがスタート。飲食店で2年働いた後に、蕎麦屋で5年間の修行を積み重ねました。

独立する夢をずっと抱いていた金坂さんは、満を持して福岡県柳川市でそば職人としての独立を真剣に考えていました。

しかし、ここで大きな転機が訪れます。 親戚にそうめん職人がいると聞いたのです。

金坂さんは「ぜひ一度お会いしたい」と思い、職人さんの家にうかがいました。これが、のちの師匠との運命の出会いでした。

師との出会い、そうめん作りへの転身

師匠の作業場にお邪魔した金坂さんは、挨拶に行った初日から師匠の仕事に一瞬で惹きつけられました。

  • 1日目: 師匠の作業を見るだけ。
  • 2日目: 師匠の作業が気になって、また見学に行く。
  • 3日目: やっぱり気になって、再び見学に行く。
  • 4日目: ついに師匠から「少しやってみないか」と誘われる。

蕎麦職人の経験が活きた技術力

金坂さんは蕎麦職人の経験があったため、「団子こね」に関しては既にプロに近い腕前でした。

そのため修行当初にも関わらず、そうめん作りにとって最も大事な「団子こね」を師匠から任せてもらえることになりました。

蕎麦職人での経験が活きたおかげで、師匠から認められるのに時間は掛かりませんでした。

団子こねは2時間かかる重労働ですが、金坂さんの捏ねた団子はまるで“出来立てのお餅”のような極上の仕上がりで、「コシが全く違う」と大絶賛されたそうです。

もう一つ大事なのは、包丁の使い方です。麺作りにおいて均一に切ることが求められますが、金坂さんの包丁さばきは通常の初心者とは雲泥の差。

「もし、捏ねる作業も包丁を使う作業も完全な初心者だったら、何年修行にかかっていたのかわからない」と振り返っておられました。

「芸は身を助ける」といいますが、どの世界でも技術の積み重ねは大切なのだなと感じるエピソードです。

厳しい修行と「見て盗む」教え

毎日毎日、無我夢中で作業場に入り浸り、そうめんを作り続ける日々。金坂さんの修行は気がつけば2年の時が経過していました。

蕎麦職人としてブランクが空いたこともあり、もともとは福岡県で独立するつもりだった金坂さんですが、満を持して熊本県の南関町でそうめん職人として独立することを決意しました。

独立当初は師匠と二人三脚からのスタート。

思い出してみれば、師匠から学んだことは「とにかく見て学ぶ」ことでした。

その理由は、南関そうめん作りは五感と経験がすべてであり、言語化が非常に難しい伝統技術だったためです。

金坂さんはひたすら師匠の真似をし、「師匠が作るそうめんと何が違うのか?」を頭の中で自問自答し続けました。

たくさん考え、失敗を重ね、ようやく師匠との違いに確信がもてた時に、自分のそうめん作りにも自信が持てたそうです。

師匠との二人三脚時代に、江戸時代のそうめん作りの道具を2ついただきました。

1つはもうボロボロなので大事に保管しています。

そしてもう1つは、いまも現役で使っています。

歴史ある道具があるからこそ、納得のできる極上の麺を作ることができるのです。

◆猿渡製麺が誇る「極細麵」

「猿渡製麺所」の金坂さんの確かな技術は、南関そうめんで最も高度な技術を要する「極細麺(白髪そうめん)」作りに活かされています。

「スピードが勝負です。わずか3分から4分の間で、一気に極細麺へと伸ばしていきます」

まるで絹糸のように細く、針の穴をも通ると言われるほどの極細でありながら、茹でても絶対にプチプチと切れない凄まじいコシを宿らせる。

これは長年の勘と、身体が勝手に反応する熟練の動きによるものです。

現在、猿渡製麺所では金坂さんお一人でこの気の遠くなるような工程を行っています。

朝、4~5時間かけて作り上げられるのはわずか60人分ほど。

完全手作りのため、どうしても生産量に限界があり、繁忙期は需要に対して供給がまったく追いつかない状態が続いています。

秘伝の味と終わらない仕事

金坂さんのそうめんには、隠し味として「卵」を入れています。

これは師匠の時代には、美味しさの最大の秘密であり、「門外不出、一生墓にまで持っていけ」と言われていた秘伝のレシピでした。

「師匠には申し訳ないのですが、現代ではアレルギー表示は必須なので隠しようがありません(笑)」と金坂さんはお茶目に笑いますが、この卵を入れることで麺に深いコクと旨み、なめらかなのど越しが生まれます。

これこそが、他のそうめんとは一線を画す美味しさの理由です。

しかし、この味を守るための夏場のスケジュールは壮絶です。

夏場になると寝る時間はほぼありません。夜中の1時~2時くらいまで仕事をこなしたかと思えば、4時40分に起きて5時から再び作業に入ります。

夏は早起きがしやすいように、わざわざ床の固いところで寝ているのだそうです。

麺は一日中干して管理する必要があるため、旅行などにはもう何年も行けておらず、「子どもたちには本当に申し訳ないと思っています」と父親としての顔ものぞかせていました。

まとめ

我々の取材に快く対応してくれた「南関そうめん」猿渡製麺所の金坂俊祐さん。

とても紳士的で優しい声をされていますが、その真摯にそうめんに向き合う姿は職人そのもので、本当に素敵でした。

それと同時に、これほどまでに妥協のない、大変なお仕事なのだなとインタビューを通して改めて痛感しました。

「南関そうめんは、手作りでなければ南関そうめんではない」

一つ一つの工程を、丁寧に丁寧に進められている理由が、深く理解できました。

インタビューから帰宅した日の夜食はもちろん南関そうめん。

強いコシとのど越しは、本当に感動する美味しさでした。

おかげ様で私も南関そうめんの大ファンです!

職人の手仕事が生み出す、一期一会の「幻の極細麺」。

皆さんもぜひ、お腹をすかせてご賞味ください!